SM: 特に嬉しかったわけじゃない  SM: 特に悲しかったわけじゃない  SM: いつもどおりの日々  SM: でもいつもと違う今日  SM: 日常の情景 第伍話  SM: 「交差点。」 ---1:25 AM シュリファさんが去りました---  SM: 今日のバイトは、遅くなった。  SM: 気付けば、外は大分暗くて。部屋に待たせておいた一茶も、もう帰っているだろうか。  SM: そこまで考えて。それはないなと首を振り。  SM: とりあえず、一二三荘まで帰ろうと。てくてくてくてく歩いています。  夜見: 「ふむ……さすがに、少し疲れたな。」  SM: 夜の九時。人通りの多い道。ここを過ぎて、角を曲がって。もう一つ信号を渡れば、一二三荘。そんなルートを、頭の中に浮かべながら。  SM: 頭の中のルートの通り。大通りを過ぎて、角を曲がって。  SM: そこまで順調だったのに。小さな、最後の信号で。赤信号になってしまいます。  夜見: 「……むぅ。信号の癖に生意気な。」  SM: 大通りは、あんなの人がいたのに。こちらの道になると、極端に人が少なくなって。  SM: 何気なく見渡して。その時気付きます。こちら側の信号機の根元。そこに、花束が一つ置かれていることに。  夜見: 「……? 何だ?」普段なら見落とすようなそれに、ふと目を止めて。  SM: もしかしたら、今までずっと有ったのかもしれない。それとも、極最近なのかもしれない。  SM: 小さな線香も見えて。気付きます。  SM: ここで、誰かが死んだことに。  夜見: 「……やれやれ……あまり、気付きたくは無かったな」死に近い者として。死を感じる者として。死をもたらす者として。死を告げる者として。……例え見知らぬ者でも、その死を知るのは……いつも、どこかが痛む。  SM: その内、信号が変わります。赤信号が、青信号に。ライトの中の人影が、歩き出して。  SM: ─その時。視界の隅に、誰かが居るのに気付きます。  SM: 何故、今まで気付かなかったのか ─今の今まで、見ていた。丁度、花束のあるところ。そこに立っている、少女の姿に。  夜見: 「……さて、行くか」そう言って。自分には関係無いと言い聞かせ。その視線を反らし、その足を踏み出そうとして。……結局、青信号が点滅するのをその場で見送る自分がいる。その少女に、目を向ける自分がいる。  SM: ちか、ちか、ちか。  SM: 青信号は、ぱっと消えて。再び、赤信号。再び流れる、立ち止まっていても不自然ではない時間。  SM: 少女は俯いたまま、そこに佇んでいます。  SM: 中学生にもなっていない。そのくらいの、女の子。ただ、ただ、待つように。赤信号が、青になるのを待つように。  夜見: 関係無い。そう自分に言い聞かせる自分がいる。「……こんな所で、どうした?」そう、声をかける自分がいる。  SM: 少女は、びっくりしたように顔を上げて。きょろ、きょろと辺りを見渡して。  SM: 信じられないような顔で。夜見さんをじっと見つめます。  SM: 「─わたし?」  夜見: 「……他に誰がいる?」ああ、結局、関わってしまうのだ。そう言う自分を嫌う自分と、そう言う自分が好きな自分がいる。  SM: 「─見える、の?」  SM: そこには、他に誰も居ない。彼女が見えない人は、彼女を無視する人は、ここには誰もいなくて。  夜見: 「……ああ」頷きながら、気付く。その言葉の意味する事を。そして、考えざるを得ない。その言葉を紡ぐ少女の意味を。  SM: 「あ、え…あのっ…」  SM: 何かを。何かを言おうとして。言ってはいけないことのように、慌てて口をつぐんで。  SM: しまいには、ただ上目遣いに夜見を見つめるだけになって。それでも、彼女は何かを言おうとして。  夜見: 「何か言いたい事があるなら、早く言え」そして、そんな思考を無視して、紡がれる言葉。  SM: 「………お暇、ですか?」  SM: それだけの事を。散々悩んで、彼女は言った。  夜見: 別に、暇ではない。「まあ、暇だが、それがどうかしたか?」別に、暇ではないのに。  SM: 「……あの、ちょっとでいいんです」  SM: 「………あの赤信号が、青になる。その間だけでも、いいから…」  SM: 「…お話、してくれませんか。…わたしと」  SM: 言葉は、寂しい。けど、その顔は嬉しそうで…期待するような色に、満ちていて。  夜見: 「……そのくらいなら、構わないが」そう言いながら、赤信号が、青になって、そして再び赤に変わっても、まだここにいる自分が、何故か見える気がする。  SM: 「…っ!」ぱあっ…と。白い、青白い顔の少女が。全くそれに似合わない、明るい笑いを浮かべて。  SM: 「あ、あのっ!」  SM: 「……〜!」ぱたぱたと、腕を振る。言葉が、出ない。言いたいことが、たくさんあって。そんな、もどかしい気持ちだけが伝わってくる。  SM: ちらちらと、信号機に目をやりながら。必死に、少女は話題を探す。 誰かと、話したい。その気持ちだけが先走っている。多分、そんなところだろう─  夜見: 「少し落ち着け。」そんな少女を見て、ふと、考える事を止める。面倒な事を考えず、この少女と話してやるのも、良い。そう、思って。  SM: 「は、はい…」  SM: 夜見の、その答え。出来上がっていく会話。それだけの事が、本当に嬉しそうで。  SM: 「…え、え、えっと…」  SM: 「……何処へ、行くんですか?この信号、通る人って、結構少ないのに」  SM: 考えた末。そんなことを、ぽつりと言う。  夜見: 「うむ。この先に、家が有る。」そう言い切って。ふと、それでは会話が発展しないことに気付く。仕方ないので、続きの言葉を探す。「あー。一二三荘と言う、古いアパートで、妙な住人ばかり住んでいる。」何を言っているのだ、自分は。第一、何故会話を弾ませなければならないのだ。  SM: 「…妙な、住人?」  SM: 聞き返す。夜見が仕掛けたそれに、彼女はしっかりとかかって。  夜見: 「そう、例えば……」頭の中の一二三荘を、笑いながら走り回る男が1人。「……犬とか。」そうじゃない。「いや、犬ではなく、狸で」そうじゃないだろう。「あー、つまり、恋人と言うか」……言って、赤くなる。だから、何をやっているのだ私は。  SM: 「…?」  SM: 訝しげに。  SM: 「…犬?狸?…恋人?」  SM: 不思議そうに。  SM: 「…お姉さん、その人のこと好きなの?」  SM: けど、可笑しそうに。  SM: 「妙、っていってるのにー。変なの」  SM: ─楽しそうに。  夜見: 「……その。嫌いでは、無い。どこか一般と遠い所があるが。そんな所に、惹かれたのであって。つまり。だから。……私は、何を言いたいんだ」ついには、自分への疑問を口に出す。そもそも他愛のない世間話など苦手なのだ。なのに、話を必死に繋げようとする自分が、いる。  SM: ぱっ。視界の端で。  SM: 赤信号が、青に変わる。  SM: 「…お姉さん、照れてるー」楽しそうに笑う少女は、それに気付かない。  夜見: 「……照れてなど、いない」気付きたく無かった。そう思う自分がいる。けれど、気付いてしまった自分がいる。その事実を隠せない自分に、苛立つ自分がいる。けれど、思いとは裏腹に、視線は信号へと向かう。  SM: 「お顔、赤いよ?」くすくす笑いながら。少女は、夜見の視線に気付いて。  SM: ゆっくり、顔を横に向け。  SM: 「─あ」  SM: 楽しい夢から覚めた時。人は、こんな顔をするのだろう。  SM: 「…………終わり、か」そう、呟いて。彼女は、また俯いた。  夜見: 「……」嘘をつけない自分に、真実を隠せない自分に、これほど苛立った事は無い。けれど、信号は赤から青へと変わる。それは、残酷な現実。「……あー。えー。あー。」言いたい事は、たくさんある。けれど、口から出て来ない。頭の中に、言葉が渦巻く。けれど、それが形を為す事は無い。  SM: 「…ありがとう、お姉さん。誰とも話せなくて。寂しくて」  SM: 「……ありがとう。…私の事なんか、気にしなくていいからさ」  SM: 子供が張る、精一杯の虚勢。  SM: 信号は、青。人が渡る時間。彼女には、渡れない。  夜見: 人を狂わせる孤独、それを自分は、知っている。そう。だから、自分はこの少女に気付いたのかも知れない。「……」けれど、かける言葉は思いつかない。こんな時、どうすれば良い?口を開けと言葉は出ず。けれど。このまま、立ち去る訳には行かない。それだけは、わかる。  SM: 青信号は、まだ、光る。  SM: 少女は、俯きながらも待っている。夜見が歩き出すのを、待っている。何よりもそれを畏れ、嫌がりながら。それが普通なのだと、自然なのだと、言い聞かせるように待っている。  夜見: 自分には、かける言葉は見つからない。……ならば、自分でなければ?そう、例えば……そこまで思いを馳せて。考えても出なかった言葉が、何故か、無意識のうちに口から出た。「……その、だな。私と、友になる気は、ないか?」その言葉を発したのは、あるいは自分ではなく。先ほどから頭の中で踊り回っている、1人の男。遠慮を知らず、誰にでも明るく振る舞う、その男が、その言葉を、自分に言わせたのかも知れない。「話し相手ぐらいには……なってやれると、思う。」  SM: 「…え?」  SM: それは。  SM: 有り得ないと、信じていた言葉。  SM: そう思うことで、孤独を耐えるために。信じていた、言葉。  SM: ─そして、一番。何よりも、望んでいた言葉。  SM: 「……と、も?」  SM: 「…私と……幽霊と?」  SM: 信じられない。信じられない。 ─信じたい。  夜見: 「他に、誰と友になれと言うのだ?まさか私に、花束や電柱と友誼を結べとでも言うのか?」何故か、言葉は自然と紡がれて行く。さっきまで、あれほど形にならなかったのに。  SM: 「え、で、でも、だって…」  SM: 「…いいの…?」  SM: ちか、ちか、ちか。  SM: 青信号が点滅し。  SM: 再び、赤信号が点る。  SM: 「私で……いいの?」縋るような。期待するような。畏れるような─混ざり合って。何がなんだか、分からなくなって。それでも、少女は問う。  夜見: 「お前こそ、私が友では不満か?」高圧的な口調。そうだ。これがいつもの自分だ。為すべき事を見つけ、するべき事を知り。そして自分を思い出す。  SM: 「え、いや…嬉しい、けど…」  SM: まだ。まだ、彼女は躊躇っている。  SM: 唐突に訪れた、自分と話せる人間に。驚いている。  SM: ─まして、友になるなど。まだ、信じられぬかのように。  夜見: 「ならば何も問題無い。お前と私は今日から友だ。」1つ、頷く。理由など要らない。私が決めた、それだけで結論を出すには十分。「不満があるなら言え。多分却下するが。」  SM: 「…ん、うんん。無い…」  SM: ─そして、また。信号は、青になる。  SM: 「……そ、それ、それじゃあ…」  SM: 「…友達、なら…」  SM: 「………明日も、来て、くれますか?」  SM: その身となって。初めて出来た、友への。最大限の、頼み。  夜見: 「随分と謙虚な望みだな。それだけで良いのか?」偉そうに言い放つ。「その程度の望みならば、何度でも叶えてやろう。私とお前は、友なのだからな」  SM: 「…あ……うん!」  SM: それだけで。今の彼女には。それだけで。  SM: 「─ありがとう。お姉さん」  SM: そう言うと。彼女は、ゆっくりと後ろに下がる。彼女自身に捧げられた、花束の上に立つ。  夜見: 「別に、私はお前の姉ではない」どこまでも偉そうに。それがいつもの自分。けれど、どこか優しさの混じる言葉をかける自分に、気付く。「友なのだからな、名前で呼べ。ちなみに私は篠塚夜見と言う」  SM: 「あ─」気付いたように。  SM: 夜見の、偉そうな言葉も。それも、凄く嬉しそうに。  SM: それは、果たして寂しかったからなのか。  SM: それとも、その優しさを感じているからなのか。  SM: 「…うん。夜見…さん。私は─クミ。岡野、久美」  夜見: 「久美か。ふむ。良い名かどうかは判断が付かんが、とにかくだ。……久美、お前と私は、今日から友だ」  SM: 「…うん。…友達」  SM: にこり。少女は、とても、とても嬉しそうに笑って。  SM: 花束の上で。ふっ…と。姿を消した。  SM: 青信号は、まだ、光っていた。  夜見: 「さて……すっかり遅くなったな」花束に背を向けると、再び家路へと歩き出す。振り返らぬまま、後ろへと手を振って。「……また、明日」そう、声をかけて。  SM: そう。また、明日。  SM: 友人に、会いに行く。そのくらいなら、当然のこと。それでも、きっとあの少女は。  SM: とても、とても。嬉しがっているに、違いない。  SM: ─そして、歩く。一二三荘への道を。  SM: 然程時間は取られていない。取られていたとしても、構わなかっただろうけど。  夜見: 明日は、花でも買って行ってやろうか。それとも、一二三荘の妙な住人でも紹介してやるのも、悪く無い。そんな取り留めの無い事を考えながら、家へと歩む。  夜見: ……だが、とりあえずは、帰ったらさっきから人の頭の中で笑いながら踊っている男に礼を言う事にしよう。少し癪ではあるが。  夜見: 「……赤信号も……まあ、悪くは無い」いつもの帰り道、歩き慣れた道。夜は更けて、けれど足取りは軽く。夜は暗いが、世界はそれ程暗くも無い。  夜見: ───死に近い事も、まあ、悪い事ばかりではない。  SM: ─そして。  SM: 聞こえてくる、大騒ぎ。いつもの、『妙な住人』達の起こす、にぎやかな喧騒に。  SM: これなら、彼女も楽しいだろう。そう思い。  SM: その騒ぎの中心に、あの男がいるだろうとも思い。  SM: 夜見は、少し足を速めて…一二三荘の、扉を開く。  SM: 特に嬉しかったわけじゃない  SM: 特に怒りに震えたわけでもない  SM: 記憶の中に埋没するであろう一日  SM: でも振り返れば大切だったと思えるかもしれない一日  SM: 「篠塚夜見 交差点。」  SM: これにて終了でーす